あいりん地区という魔境

午前6時半ごろにバスがあべのハルカス前に到着するも、周辺についてほとんど知識がなくてうろついた。夜行明けの町並みは爽やかで心地よかった。

J R天王寺駅で早速プータローらしきじじいを見た。もっともターミナル駅ならどこにでもいる。

コメダ珈琲が開くのを待って入り、朝食をとった。そして、少し情報収集をして、山王3丁目の飛田新地に向けて歩いた。朝早いから人通りもまばらだったが、西成区に入ると雰囲気が一気にディープになった。アーケードを擁する商店街が、大正時代のようなオーラを放っていた。そこから少し行くと様子が全く変わった。完全に遊郭だった。行ったのは初めてだが、千束とは異なり和風の料亭が多く、朝の静けさを感じた。同じような料亭が何軒も立ち並んでいた。

途中で玉出の黄色い看板が見えた。初見だから異様だった。しかし、町中くまなく歩きまわるのは危ないだろうし、腹痛もしはじめたので近くのファミマに入った。トイレを借り、から揚げの缶詰を購入した。「お箸どうしましょう?」と聞かれたが、どういうわけか「なしで大丈夫です」と答えてしまった。

方位を探り、路面電車の線路に沿って歩くと、急にきな臭い公園に鉢合わせた。「三角公園」。萩之茶屋3丁目、あいりん地区の南部に所在する。

不覚にも三角公園の手前で尿意がしてしまい、そこにあった公衆トイレで用を足した。最も緊張した瞬間だった。なぜなら近く、ホームレスらしきじじいが何かごそごそとしているからである。ドヤ街では理解不能な行動をとる人が少なくない。

ドヤ街の定番である大量の自転車、簡易宿所、デフレ自販機、コインランドリー。もっとも、大阪はサンガリアのおひざ元ということもあってか、あいりん地区以外にも激安自販機が多い。西成紹介のサイト、ブログで見たことのある宿所も「ポパイ」をはじめ複数ある。

プータローのじじいやホームレスが集まっており、談笑する様子も見られた。徘徊している人間が多かった。車椅子に乗っているのも一定数いる。目立つ格好はしていなかったけれども、周りがカオスすぎて、というか汚すぎて、私は完全に浮いていた。

山谷と同様、町並みが昭和である。バラック小屋やブルーシートを重ね、雰囲気は玉姫公園以上かと思われる。店の看板の字体等を見ると、昭和30年代を想起させる。胡散臭い古着屋の前で、中年男が数人何かを話していた。あいりん地区中央部はホームレスの臭いがすさまじく、マスクをして通過したが、私としては高級感のある町よりは居心地がよい。これが人間らしい暮らしとも思う。

町中を写真に収めたかったが、プータローやホームレスがあまりに多く徘徊しているから、本当にヤバイ場所を撮るのは不可能である。しかし、激安マンション・アパートや、殊に太子ではバックパッカー向けに改装がなされている建物も聞いていた以上にある。

あいりん地区北部・萩之茶屋1丁目を経て、信号のある交差点に着いた。「太子」とある。ははーん、萩之茶屋と太子の町域の境界線だなとそこを渡る。太子に入ると、たしかにドヤ街といえばドヤ街だけれども、萩之茶屋と比較すると刺激が少ない。萩之茶屋で見かけなかった(中国人?)バックパッカーも何人か見た。一方で「立ち小便お断り」の貼り紙はよく見られる。

ドヤが林立する中から、前を見るとあべのハルカスが見える。山谷でもほど近い場所にスカイツリーが見えたな。信号を渡って新今宮駅に入る。きな臭い。ドヤ街にいる顔ぶれをそのまま持ってきたかのようなキャラの濃さである。こういう場所では、歩き方が尺取虫のようなじじいを必ず一人は見る。

南海線新今宮駅は、もろ下町というオーラで、せっかくなので乗ってみることにした。古い電車に乗り「天下茶屋」で降りる。橘、岸里、潮路、花園南、天下茶屋東といった地名を見た。また玉出。やっぱり怖い。そして雨がやまない。今度は天下茶屋の東から北上してあいりん地区を通過し、新今宮を目指す。天下茶屋3→2→1丁目と進む。萩之茶屋に入った。駅付近のガード下で自転車から降りて立ち小便しているじじいがいた。駅の改札付近はボロボロ。一体いつの時代なのだろうか。

さらに行くと、巨大な要塞がごとき建物が出現した。あいりん労働センター。脇を歩いたら辺り一面小便臭い。1階は空洞になっており、だだっ広い空間に多くのじじい達が集まっていた。何やら集会をしているらしい。内容までは聞き取れなかったが、おばちゃんの昭和っぽい声がマイクで何かを呼びかけた。そして、その直後、じじい達がワーっと沸き気勢を上げた。そこでは、社会を最底辺からしたたかに飼いならすような、底なしの生命力を見た気がした。

新今宮駅を越え、JRの線路より北に来ると、いきなり平和になった。洒落た若者の姿もある。区も変わったしそんなものか。だが、しばらくの間着けていたマスクを外し再び着けると、なんとホームレス臭い。まあ、しょうがないな。これで私のあいりん地区巡りは終わった。

しかし、夕方に行った山王市場通商店街は格別だった。太子、山王にまたがる地域である。しっかりアーケードが残り、オールドな銭湯や商店が郷愁を誘う。ただ、道ゆく人はみな貧しそうに見えた。そこに突如現れる玉出。照明は赤や黄色、水色など様々。不気味である。入ると普通の住民はもとより、ドヤの住民らしき風貌の人がいっぱいいる。さすがに不安になった。が、何とか激安エビフライ弁当と、総菜パンを買った。レジはよくわからないアジア人。弁当はさすがに不味かった。

 

(ずっと前に大阪市西成区釜ヶ崎に行った記録。)